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残りの第13師団主力はメッスとその周辺の守備と治安に従事することになりました

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 本隊が遙か先へと離れてしまった第一軍兵站総監部も、ようやくメッス攻囲の後始末を終え、本隊への糧食と兵站物資輸送の段取りを付け、更にメッス駐屯部隊の事務処理を終えると、急ぎランスへ出立して行ったのです

☆ 独第二軍の前進(11月10日まで) 独第二軍は、メッスが開城(10月28日)した直後から10月23日発令の大本営命令の実行を開始し、司令官フリードリヒ・カール親王元帥は、「11月11日までにトロワ及びショーモン周辺へ到達し、必要に応じてショーモンを拠点にフォン・ヴェルダー将軍の独第14軍団を援助する」との方針を定めました

メッス郊外のカール王子 最初にメッスを離れたのは10月29日にモーゼル川東岸の陣地からブリエへ移動した普騎兵第1師団で、その2日後、軍の行軍右翼(北西)となったアルベルト・エーレンライク・グスタフ・フォン・マンシュタイン歩兵大将率いる普第9軍団も行軍を開始、途中普騎兵第1師団と合流すると11月2日、サン=ミエル付近でムーズ川に達し渡河します

 その一日遅れでメッスを離れ軍中央となった普第3軍団はこの日(2日)、更にムーズ上流のコメルシー(ポンタ=ムッソンの西南西37.3キロ)に到達し、翌3日、軍本営の到着を待ってからムーズを渡河しました

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 軍左翼(南東)の第10軍団主力は同2日、メッスを発してポンタ=ムッソンに入ります

この出立前、軍団長のコンスタンティン・ベルンハルト・フォン・フォークツ=レッツ歩兵大将はマントイフェル将軍から「第1師団がメジエール包囲を命じられメッスから去るので、一個旅団でサント=バルブの捕虜の面倒を見て欲しい」と依頼されました

フォークツ=レッツ将軍は麾下の普第40旅団に普竜騎兵第16「ハノーファー第2」連隊第4中隊と野戦砲兵第10「ハノーファー」連隊軽砲第4中隊を付けてサント=バルブに派遣します

この支隊は4日、任を後備部隊に引き渡すとサント=バルブを離れ本隊を追って南方へ向かいました

 一方、エデュアルド・フリードリヒ・カール・フォン・フランセキー歩兵大将率いる普第2軍団の残部は、10月26日から末日までの間に先行してパリ方面へ輸送された普第4師団を追う形でパリ包囲網へ向かうことになります

 この普第3師団本隊は、11月3日から8日に掛けて鉄道輸送でナンテュイユ=シュル=マルヌ(ソアソンの南45.4キロ)へ移動し、そこから陸路パリの包囲網へ向かいます

残る普第14「ポンメルン第3」連隊、普竜騎兵第3「ノイマルク」と第11「ポンメルン」連隊の6個中隊、軍団砲兵6個中隊、そして輜重の一部はバール=ル=デュク~ヴィトリー(=ル=フランソワ)~セザンヌを経て陸路の後方連絡線(ほぼ現・国道N4号線)を行軍しパリへ向かうのでした

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 メッスの勝利後、伯爵に叙せられたモルトケ参謀総長はこの時、カール王子に対し「今後の第二軍が担う任務について」親書を送付し、これは11月3日、コメルシーでカール王子に手渡されました

 この手紙の主旨によると「カール王子の麾下部隊は主任務として敵の新軍団結成を阻止し、生まれたばかりの新軍団はこれを潰し解散させることに努めること」とされ、「今後の状況次第で追加されるだろう任務を後回しとして、まずはブールジュ、ヌベール、シャロン=シュル=ソーヌ(トロアからそれぞれ南西184キロ・南南西160キロ・南南東178キロ)の占領を優先することを希望する」とありました

モルトケは「これらの各地には各1個軍団を派遣すればその周辺に集合する敵新軍団を撃破することが可能であろう」とするのでした

 これを見ても当時のモルトケは、パリの攻囲より南仏に雨後の筍の如く出現する仏「新軍団」を早期に排除することが最重要と考えていた(=非常に気にしていた)ことが分かります

 カール王子はこの書簡を読むと、麾下の進軍方向を「いかなる理由であろうとも」ブレさせずに進むことでモルトケの期待に応えようと決心するのでした